2014年8月22日金曜日

心に移りゆくよしなし事をそこはかとなく書きつくればあやしうこそものぐるほしけれ

今日も、最近ずっとやっているモノタイプを。
石油とシンナーに塗れまくった。
縫製の仕事も長かったし、シルクスクリーンや染色で、
手の関節はゴツゴツで皮はゴワゴワになったな。
私の手、恐竜みたい。

ちょっと試してみたかった事をやってみた。
なんか、やってみたい。と思いすぎると期待しすぎて、
刷り上げた瞬間もう盛り上がらない。
それに対して、気持ちが定まらないフヨフヨしてるときに、
どこが完成かわからないから、もういいや。
ってやつを刷ってみると、一番おもしろい結果となる。

数知れない人が知ってたりやってたりするジャンルを、

こんなにひとつの瞬間に拘って、
自己満足の積み上げが繰り返されて、
自分しか知らない経験があって、
それを作品にして一瞬にして人に見てもらうと、
見た人がそれぞれにそれぞれのタイミングで感情を経験するって、
おもしろいなぁ。
みんなみんな、全然違う人間。
完全にわかることは無い。
なのに、あ!って強い衝撃とか共感をふいにするから、良い。

わかろうとしても人の事はわからないし、

知ってるつもりでも全然知らない。
自分の事もなかなかわからない。
恥ずかしい事に、
恥ずかしがりやすぎるし、ずっと自分を直視できない小心者。
だったのも結構最近発覚した。
それ故救いようがない程に不器用で素直な表現が出来ない、
言葉づかいも思うように出来なくて疎かにして、
嫌いなフリをしてしまったり、
で、いつからこうなんだいつまでこうなのかと悩む年月も長過ぎると、
変に図太くなったり逆に傷つきやすくなったり、
複雑なんだかシンプルなんだか日によって違うな忙しいな!
ていうそんな心の経験も紙の上で凝縮されて見れる気がして、
結局穏やかな気持ちになっている自分。

しかし、ここ数年密に色々な感情を知った。
いつも意識する出来事、東北の震災、福島の原発事故から3年半。
大きく変わったのはあの時からで、
自分の中で何かが変わったり、決意したり、何かを見つけた人も多いだろうけど、
私は、探しているものはどんどん外から内に見つけるようになったと思う。

苦手だったけど、こうやって、

心の事を言葉にしたり作品に置き換えていくと、整理が着く。
心の整列。

いつも思い通りにいかなかった言葉使いも、ちゃんと見ていてくれる人、

大切な人、大切だと示してくれる人、
周りの人のおかげで、下手でもいいから少しずつ伝える勇気が出て来た。
いつ死ぬかわからないねんから伝えそびれて死んだら・・・!
それこそ恐怖。





あ、今夜深夜、
友達のパーティーが楽しみ!
ナイスに変なナイスガイ2人のナイスパーティー!

 innosence   @atmosphare

お家が近所のお世話になっているお友達と、
自転車でそこまで向かう道中から楽しいはずの、
そういうパーティー!
パーティーへ行く前の道中にしかないワクワク感で景色が倍きらきらしたりする。







写真は今日刷ったもの。
製版は、絵の具で黒く塗ったわら半紙を濡れた状態のまま
適当に手で千切って並べてコピー用紙で感光。
そこに油絵の具でペイントして刷った。
我ながらわら半紙千切る技、イケてた◎ 
アウトラインがボケてて日本人的感覚のトリミング。
1枚目の写真はスクリーン
2枚目はそれを刷ったもの。














2014年8月21日木曜日

新しい世界

!new my room!
新たな気持ちで自分の今を綴る場所新設。

ここ最近の私は、以前のようなテキスタイル的なシルクスクリーンの使い方から、
紙にシルクスクリーンで絵を刷って表現して作品を作るようになった。
シルクスクリーンという技法を通して、こんなに感覚の違う世界へワープできるとは思わなかった。

一つ一つの作品を作っていく過程で、技術や知識を学びながら感じる事を通して、
今まで知らなかった自分を、自分の作品から知れている。

ルーツを振り返ってみると、
小さな頃は漫画家になりたくて絵ばかり描いてたのが、14歳くらいから描かなくなっていた
それに気付いたのが20歳位で、そこから意識的に描いたりしてもずっとしっくりいかず、また子供の時みたいに描きたいと思っても無理だったし諦めた。

でもやっぱり描いたり作ったりする楽しさは覚えていて、9年程前、描いたイラストをTシャツにする為に遊びでシルクスクリーンをやったのが今から思うとリスタートだった。
それから布でパターンを作るようになったりした。

そこまでは楽しかった。頼まれたものを描くのも楽だった。
けど、うまく言えないけど作りたい生み出したい本能に対して精神的に深い部分で行きたい所まで行けないというか、いつも壁があるような、人の作品を通して自分を見ても同じ壁だし、というのがあった。
でも今の自分はその壁は越えられつつあると思う。
また新たな壁はどんどんできるんだろうけど。

版画って、ある時間を有する絵やパーツを、一瞬で平面に転写するという時間の感覚がとても自分に合っているし、表現する上で、そこ事態も欠かせない作品の一部です。

私の尊敬する師匠である先生は私の作品を見て、「ぱっと見は、抽象的だけど、完全に具象画だね。」と言った。目から鱗。
具体的な表現したい事、イメージが事前にあるから。
感覚的には無意識だけど、作品を見てそういう発見があるし、その発見が今後の基盤にもなったりする。
たくさんもっと知りたいな。

以前より遥かに自分に素直だなと思える事が嬉しい毎日。
やっと、ちゃんと心と作品が結びついた感覚がある。
今の運命に感謝。

私にとって、自分の心の中を言葉にするのは勇気がいるし、難しいけど、new blog 一発目、自分の事上手に書けたかな。

写真の作品は、私の師匠があみ出したモノタイプ。
3枚目が原画。厚みのある紙に筆圧の凹凸で絵を描いて、
自分で原画にトリミングしてインクを落としてから、即座に凹に残ったインクを紙に転写する。
スピーディー且つワンショットの版画。
思考に到達する前の瞬間は自分に嘘はつけないという発見。